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大阪高等裁判所 昭和34年(く)27号 決定

少年 A(昭一七・二・三生)

主文

原決定を取り消す。

本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣旨は、少年の非行性はさほど強いものではなく、その知能は平均若しくはそれ以上であるが、ただその性格が意思薄弱で自主性のないものであるところから、共犯者の強圧、誘惑に陥り、偶本件窃盗事件を犯したものである。少年の両親は本件を契機として少年に対する従来の保護指導の態度を深く反省し、将来の保護指導に万全を期しており、少年鑑別所も両親に保護能力のあることを肯認し、在宅保護も亦可能であると判定しているのである。しかるに、少年には長期の加療を要する先天性左股関節脱臼があつて、労働に耐えないのであるからこれを現状の中等小年院に収容し、集団的な矯正教育を施すということは失当であり、本件少年の矯正は在宅保護によるのが適正である。従つて、中等少年院送致の原決定は著しく不当であり、これが取り消しを求めるため抗告したというのである。よつて、本件記録及び添附の少年調査記録を調査し、少年の学歴、生活経歴、知能、性格、家庭、環境等から、その犯罪的危険性の程度、態様を見ると、既に相当厳格な保護処分をしなければならぬ段階に達していることは否み得ないし、家庭の情況及びその環境が従来のままであるとするならば、少年の監護教育に適当な状況にあるものとはいい難いので、本件少年の保護処分として、この際国家的保護矯正の施設である少年院において少年に対し監護指導を授けることも一応考えられないでもない。しかし少年鑑別所の判定は、専門家の指導により父親と少年とが互にその相手方に対する態度の転換を計り得るならば、在宅保護も可能であるとしているところ、少年の両親は過去の少年に対する保護指導の態度について深く反省し、将来家を挙げて少年の指導監督をなすと誓つており、その熱意も強固なものが認められるので、専門家の指導よろしきを得るならば、在宅保護によつても十分に所期の目的が達せられると期待できるばかりでなく、更に、当裁判所の事実取調の結果によると、少年には先天性左股関節脱臼があつて、労働に従事し難い状況にあることが認められるのに、原決定は少年が健康であるとの前提に立つて、施設に収容して規律ある生活訓練をなすことによつて、意思薄弱で不安定且つ怠情で勤労意欲に乏しい性格の矯正をなそうとしたものであるが、少年に右のような疾患があつて、労働に従事し難い状況が明らかとなつた以上、少年を中等少年院に送致するとの原決定は著しく不当の処分であると認めざるを得ない。この点において本件抗告は理由があるから、少年を中等少年院に送致した原決定を取り消し、原裁判所において更に適当な保護処分をなすを相当と認める。

よつて、少年法第三十三条第二項、少年審判規則第五十条に従つて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大西和夫 判事 奥戸新三 判事 石倉茂四郎)

別紙 (原審の保護処分決定)

窃盗保護事件(大阪家裁 昭三四・七・一決定 報告事件四号)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(一) 非行事実

少年は他の者と共謀して、昭和三四年少第六一九二号記録中司法巡査作成にかかる犯罪一覧表(但し一乃至一二、昭和三四年少第五四五一号事件も併記されている)。及び

昭和三四年少第六五六一号事件記録中司法巡査作成にかかる犯罪一覧表各記載のとおり、昭和三四年五月一三日より同月三〇日までの間前後一七回にわたり、名古屋市中区○○○町○○番地○○寿司新築工事現場外一六個所においてH外一六名所有の原動機付二輪自転車等合計時価一三七〇、六八〇円相当のものを窃取したものである。(前記各一覧表を引用する。)

(二) 法令の適用

前記各所為はいずれも刑法第二三五条、第六〇条に該当する。

(三) 処遇について

少年は小学校時代は成績も普通で格別の問題もなかつたが、中学校入学後は成績も悪く、非行も始まり、更に高校に入つて素行は益々悪くなり、不良交友多く、家出して外泊したりしていたが事故のため高校を中退し、その後就職したが続かず昭和三四年四月初家出して友人の家に泊りパチンコで稼いで徒食の生活を送り、その挙句本件各非行を惹起したのである。

しかも本件非行のうち名古屋での事件について警察の取調の途中更にその余の非行を敢行したもので少年の反省心の乏しさ思慮の軽薄である点は大いに責められなければならない。本件は事案も重大で、被害も甚大ではあるが、少年の意思薄弱で自主性の無い性格のため他からの誘感をことわり切れず追従的になしたものが多く少年自身の非行性はさほど強いものとは思われない。

家庭は両親共に健在で経済的にも普通の生活状態であり、少年に対する愛情は十分あるけれども従来母親の溺愛と、父親と少年との融和の欠除に問題があり、特に少年の対父親関係の感情が愛情欲求の不安として、家庭を逃避し、家出、不良交友等に傾いた一つの原因となつたものと考えられる。しかしてこの点が意思薄弱で不安定な少年の資質的負因と共に今後考慮されなければならない大きな問題である。

ところで両親は過去の少年に対する保護指導態度について深く反省し、将来の指導監督を誓つており、他の事情と考え合せ家庭の保護能力は一応認められる。

しかしながら少年の資質的欠陥特に意思薄弱で不安定且つ怠惰で勤労意欲に乏しい性格を矯正するには、少年を施設に収容して規律ある生活のもとで生活訓練することが必要であると認め少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第三項を適用して主文のとおり決定する。

なお少年の知能程度、非行性、家庭環境その他の事情を考慮し少年院における教育は比較的短期間とすることが却つて効果的ではないかと思料する。

(裁判官 野曾原秀尚)

〔編注 本件は、差戻し後、昭和三四年八月一九日保護観察決定となつた。〕

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